『アインが見た、碧い空。特別編』刊行によせて:技能実習制度と「キャリアの搾取」のいま

特別編『あなたの知らない行政書士の物語』とは

このたび、『アインが見た、碧い空。 あなたの知らないベトナム技能実習生の物語』(近藤秀将 著)の特別編『あなたの知らない行政書士の物語』が、このたび「はんのうリトルプレス」第2段として刊行されることになりました。この特別編は、本編の後日談であり、期間限定で電子書籍として配信されていた短編作品を底本としています。

2022年に刊行された『アインが見た、碧い空。』は、「現代の奴隷制度」とも非難される「外国人技能実習制度」をテーマに据えた作品です。本編では、目の前の金銭のために、借金を抱え、学歴を詐称し、将来の可能性を自ら削ぎ落としながら技能実習生として日本を訪れるベトナムの若者たちの姿が、ライトノベルを通して描かれました。

この『アインが見た、碧い空。』は、お陰様で刊行以来共同通信グループ「カンパサール」(第100号)日刊ゲンダイDIGITALなど多くのウェブメディアにも取り上げていただきながら、幅広い方面から好評を博しています。

また、同書は、なるせゆうせい監督による映画『縁の下のイミグレ』の原案にも採用され、国内外から強い批判を受ける「外国人技能実習制度」の本質に、文章と映像の両面から光を当てることにも成功してきました。

今回の特別編では、技能実習生として日本を訪れ、失意の中から自分の生きる道を取り戻してきた主人公・アインと、そんな彼女を支えてきた人々の「その後」が描かれています。

あの事件の後、アインやチュックをはじめとする登場人物たちは、一体どのような道を歩んでいるのでしょうか? ぜひ、『アインが見た、碧い空。』本編とあわせてお読みいただきたい一冊です。

『アインが見た、碧い空。』という作品が訴えたこと

『アインが見た、碧い空。』は、2022年11月の刊行直後から、本当に多くの反響をいただいてきました。衆議院の法務委員会で技能実習制度をめぐる質疑が行われた際、代表質問の参考文献のひとつに挙げていただき、びっくりしたこともあります。その後、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が起ち上がり、2023年4月、技能実習制度廃止の提案が出されることになったのは、既に広く報道されている通りです。

この『アインが見た、碧い空。』の特筆すべき点は、技能実習制度が抱える問題の本質を、世の中が問題視する「奴隷労働」そのものではなく、制度を通した「キャリアの搾取」にある、と分析したことにあります。

巷で喧伝されるように、海外からやってきた実習生たちの人権を蹂躙するような企業、目を覆いたくなるほど悪質な職場が、この制度を通して存在していたことは確かです。ただ、その一方で、来日時に抱えた借金をきっちり返済し、かつ本国では得られない多額の貯蓄を築き上げて、あくまで「出稼ぎ」と考えれば十分な成功を収めた、という若者たちも、この制度によって数多く存在しています。

この点について、著者である近藤秀将氏は、以下のように述べています(以下の引用は、特別編ではなく、『アインが見た、碧い空。』本編より行っています)。

なぜ、技能実習制度には、このような二極化した――語弊を恐れずに言えば、「勝ち負け」があるのでしょうか。まるでギャンブルのように思えてきませんか。……途上国の若者が、「大金」を目指して平均年収の何倍もの借金をし、外国に「出稼ぎ」に行く行為。……私の感覚だと、これは、ギャンブルとしか思えません。ただし、勝率が高いギャンブルだとは言えるでしょう。……ただ、負ければ「じごく」です。したがって、技能実習制度への批判は、技能実習というギャンブルに負けた者の姿に対するものであり、それに勝った者には当てはまらないようにも思えます。

『アインが見た、碧い空。あなたの知らないベトナム技能実習生の物語』pp.249–250

その上で、技能実習制度の問題は、このギャンブルに「勝った」者にも悪影響が及ぶことにある、と近藤氏は論じます。技能実習制度は、その建前はともかく、実態としては海外の若者による「出稼ぎ制度」の様相を呈していました。その実態が、結果として海外の若者の「キャリアの搾取」につながっているというのです。

「出稼ぎ」というのは、学歴や技能・技術を必要としない非熟練労働(単純労働)への従事が原則です。「出稼ぎ」労働者は、自ら従事する仕事が「キャリアとして評価されるか」という視点はなく、限られた期間の中で可能な限り大きな金額を稼ぐことを目指します。「出稼ぎ」で得られるのは、お金だけであり、反対に失うのは若さと時間――身体です。そのため、「出稼ぎ」は、「目の前のおカネ」を得るために、自らの身体を消費していく働き方と言えます。……実習生が母国へ持ち帰るのは、キャリアと換言できる日本の優れた技能等ではなく、「目の前のお金」だけです。ほとんどの場合、帰国後このお金は増えることなく、ただ消費されていきます。

『アインが見た、碧い空。あなたの知らないベトナム技能実習生の物語』pp.251–252

なぜなら、彼らには起業や投資、さらには、技能実習後の人生を生きていくために必要なキャリアを日本において与えられなかったからです。まとまったお金と引き換えに搾取された「空白の数年間=キャリアの不在」が、実習生たちに生じていると言えます。

『アインが見た、碧い空。あなたの知らないベトナム技能実習生の物語』pp.253–254

こうした「キャリアの搾取・不在」に加え、単純労働を通して大金を得た成功体験から、元・実習生たちは再び、他国での「出稼ぎ」へと目を向ける傾向が見られました。近藤氏は、この状況を「強いられた国際移動」と呼び、元・技能実習生を含む39名が貨物コンテナ内で死亡したイギリスの事件などを例として、そのリスクの高さに警鐘を鳴らしています。

その上で、技能実習をめぐる「問題解決の核心」であると同氏が考えるのが、「評価されるキャリア」の構築です。

日本やベトナム等の海外諸国で需要があるスキルを身につけ、それを裏づける職歴を得ていくことが、外国人労働者の「評価されるキャリア」へとつながります。そのためには、ベトナム人であれば「自分がベトナム人であることが強みとなる場」で勝負し、キャリアを積み上げていくべきだと近藤氏は説いてきました(詳しくは、ぜひ『アインが見た、碧い空。』本編の「解説Ⅶ 評価されるキャリア」をご参照ください)。

こうした同氏の言説の背景にあるのは、日本という国が世界的に見れば弱体化の一途を辿る中、それでも日本に憧れ、この国を目指してやって来る若者たちへの思いです。

私は、日本語という「日本でしか使えない」ローカル言語をわざわざ学んでまで来日している外国人労働者の存在は、もはや希少価値を帯びはじめているとさえ感じています。多くの国で使える英語や、人口も多く、「経済大国」としてのビジネスチャンスが多い中国語や、韓流コンテンツを成功させている韓国語を勉強する方が効率がよいのは、少し考えればわかることです。

『アインが見た、碧い空。あなたの知らないベトナム技能実習生の物語』p.318

だからこそ、これからの日本は、この国を選んで働こうとする外国人労働者を使い捨てにするような制度ではなく、働くことを通して「評価されるキャリア」を構築できるような制度を、新たにつくり上げていく必要があるのでしょう。

いま、数多くの批判を受けた「技能実習制度」は廃止へと向かい、「育成就労制度」へと変更されることになりました。今後、日本という国は、世界の隣人たちに向けて、どのような仕組みを構築していくべきなのでしょうか。以下に著者・近藤秀将氏のブログをご紹介し、本記事の結びとしたいと思います。

笠原 正大

笠原 正大

学而図書 代表

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