能登半島地震と「海底地すべり」説
令和6年能登半島地震で亡くなられた方々に哀悼の意を表し、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。
この地震で発生した津波は、震源から離れているにもかかわらず、地震発生直後に富山市に到達しました。これは当初の予測と比較してあまりにも早い到達であり、以下のNHK記事のように、その原因が「海底地すべり」にあると考えられています。
津波の原因としての「海底地すべり」という言葉は、耳慣れないかもしれません。しかし、2011年の東日本大震災の直後から、従来の定説はもはや成立せず、津波の発生メカニズムを再検討せねばならないと強く訴えた一握りの科学者たちが提唱してきたのが、この「海底地すべり説」だったのです。
3. 11直後に発せられた「巨大災害を引き起こす津波は、『プレートの跳ね上がり』ではなく『海底地すべり』によって発生している可能性が高い」というメッセージは、防災上きわめて重大な論点といえるものでした。やがて、「津波を専門に議論する学会が存在しない」ことに危機感を抱いた科学者や有識者により、2017年に創設されたのが「国際津波防災学会」であり(1)、その運動の根幹には、「津波の発生原理の再検討」が据えられることになります。
(1)丸山茂徳:国際津波防災学会誕生までのいきさつと2年間の歩み,TEN Vol.1, 2020.
学而図書が発行する『TEN (Tsunami, Earth and Networking) 』は、この国際津波防災学会の機関誌として創刊された科学誌です。そして、その創刊当初から、「津波地震」が発生する根本的な原因は「大規模な海底地すべり」であると論じられ、世界各地で発生した過去の津波災害の事例や、関東大震災で発生した津波の再検討などが行われてきました。この試みは現在も続いており、継続的に議論が重ねられています。
しかし、津波の発生原理を再検討すべきとの訴えは、日本国内であまりにも省みられることがなく、国際津波防災学会の歩みもまた、苦難と共にあったように私には思えます。そして、学而図書が『TEN』第1・2巻の保全、そして第3巻からの公刊を担うことを決断した大きな理由には、この小出版の代表個人が「この重要なメッセージを散逸させてはならない」と感じていたことが関わっているのです。
本日2024年3月8日は、『TEN vol.5』の書店発売日となります。この機会に、東日本大震災から今まで、津波の発生メカニズムの再考に尽力してきた科学者の方たちの歩みを、私の視点から少しだけ記しておきたいと思います。
「プレートの跳ね上がり説」の限界と「海底地すべり説」
津波の発生原因は、本来、非常に多様です。ただ、巨大な津波災害の発生原因は、一般に「プレートの跳ね上がり」であると説明されてきました。以下は、国や地方公共団体による解説の一例ですが、これが津波の発生原理における「定説」と考えてよいはずです。
しかし、その「定説」の確からしさが大きく揺らぐほどの巨大災害が、この国で発生しました。2011年3月11日に起きた、東日本大震災です。
2011年6月25日、地球惑星科学者である丸山茂徳東京工業大学教授(当時)は、暁星国際中学校・高等学校で実施された講演会で、次のように述べています。
……今回の津波では、海面が 7 mはね上がったと報告されています。海は、当然ながら液体です。そこで流体力学によって計算してみると、どうやっても 7 mという海面のはね上がりを説明できないのです。……それならば従来の説とは別のメカニズムが今回の津波では働いていると考えるべきでしょう。……それでは、津波はなぜ起きたのでしょうか。私が提唱するのは、津波の「海底地すべり説」です。
『3.11本当は何が起こったか:巨大津波と福島原発』pp.15-16、東信堂、2012年
今回の地震では、こうした大量の堆積物を抱えた海底峡谷のへりが、地すべりを起こして崩れ落ちているのです。この巨大なバケツのへりの部分が、断層に沿って崩壊していると考えてください。……これほどの量の堆積物が一気に海中で移動した場合、何が起きるでしょうか。そう、もともと堆積物のあった部分に、空白が生じますよね。しかし、そこが真空になってしまうわけにもいきませんから、上方の海面がへこんで、空白部分へと水を送り込みます。このとき海面が一気に低下するのですが、その後方の海面にある水は、前方の海面の場所に向かって移動することになります。このような海中での水の流れによって、津波が陸へと押し寄せるのです。
『3.11本当は何が起こったか:巨大津波と福島原発』p.18、東信堂、2012年
今のところ、世界で起きる津波の82%、つまりほとんどは、プレートが沈み込んだ後ではね上がり、それと一緒に海面もはね上げられて発生したとされています。つまり、はね上がりで津波が発生する、というのは世界の常識になっているのですね。……この図の中に、ほんのわずか、6%だけですが、大規模な海底地すべりによって津波が発生すると書かれているでしょう。つまり、海底地すべりによって津波が発生する場合があるということも、科学者たちは知っていたのです。
『3.11本当は何が起こったか:巨大津波と福島原発』pp.19-20、東信堂、2012年
中高生に向けて語られた言葉はあくまで平易ですが、その視点の斬新さと説得力に、当時の私は大きな驚きを覚えました。もはや、津波のメカニズムに関して「世界の常識」は通用せず、発想の転換が必要になっているのかもしれない、という強い印象は、今も私の中で変わっていません。